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さかたにけんいち

Author:さかたにけんいち
 2014年6月5日(木)よりあさひ整体センター新ホームページhttp://www.asahisc.com/始動に伴い、ブログも移転しました。ブログ専用URLは
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です。よろしくお願いいたします。

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優しさと甘やかし
 前回のブログに関して、ある方に「優しい子に育てるには、多少甘やかしてもいいという事ですか?」と聞かれました。子どもはけっして甘やかして育ててはいけないのですが、そういう意味にとらえられる事もあるので、もう少しくわしくお話ししたいと思います。

 ここで、はっきりしたいのは「甘え」「甘ったれ」は違うという事です。例をあげると、子どもが部屋が暑いので、エアコンのスイッチを入れたいとします。でも、その子はまだ小さいのでリモコンの操作の仕方が分かりません。でも、手の届く所にリモコンはあります。ここで、操作の仕方を大人に聞くのが「甘え」で、大人にスイッチを入れてもらうのが「甘ったれ」です。大人側からすると、子どもに聞かれて操作の仕方を教えてあげるのが「優しさ」で、リモコンのスイッチを入れてしまうのが「甘やかし」です。つまり、「甘え」には「優しさ」、「甘ったれ」には「甘やかし」が対応します。ちなみに、エアコンのスイッチを入れずに我慢させるというのは、この猛暑で熱中症が続出するご時世には、そぐわないと思います。

 子どもの行為が「甘え」なのか「甘ったれ」なのかを区別するキーワードがあります。
 「主体性」です。
 
 自分がある事をしたいのだけど、やり方が分からない、自分の努力だけではやれそうにない、そんな時にやり方を教えてもらおうと自分から行動する。「手伝って!」と救いを求める。そういう行為は、「甘え」であり、大人は優しく教えてあげるべきです。そうしてできた子どもは、大人に「感謝」し、今度は他の子どもたちが上手く出来ないときに自然に助けてあげられるようになります。

 しかし、自分がある事をしたいのだけど、やり方が分からない、自分の努力だけではやれそうにないときに、子どもが次のアクションを起こす前に、先回りして大人が勝手にやってしまったり、先に答えを教えてしまったりすると、その子は、その事での主体性を失っているにも関わらず、自分の望みの結果が得られてしまいます。そうすると次からも大人を頼るようになってしまいます。そうして、自分の事を何ひとつできない「甘ったれ」に育ちます。自分が困った時は誰かが助けてくれると思って何もしない人が、人に優しくなんてできるはずありません。だって、自分の事すら満足にできないのですから。
 
 では、実際子どもにはどう接すればいいのでしょう?深く考える必要はありません。待ってあげればいいのです。「自分でやってごらん。分かんない事があったらなんでも聞いていいんだよ。」って大きく構えてて下さい。でも、子どもはしたたかです。「できない~。やって~!」とせがんで来る場合もあるでしょう。そこで、大人がやってあげてしまうのか、ヒントをあげてでも、多少手伝ってでも自分でやらせるのか、その辺が境目だと思います。手伝う時も、子どもから「ここまではできるけど、ここから先ができないから手伝って。」具体的に指示がでたら、それは子どもからの「甘え」なので「優しさ」で答えて下さい。


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身近なこと | 22:10:06 | Trackback(0) | Comments(0)
甘え上手は、優しさ上手?
 「人には優しく。」としつけなどで、よく子供たちに言いますが、人に優しくしてあげるってどういう事なのでしょう。そのひとつとして、その人がしてもらいたい事を、頼まれる前にしてあげる。相手の喜びそうな事をしてあげる。などがあると思います。

 でも、それが自然にできる人もいれば、なかなか気が利かない人もいます。でも気が利かない人が優しくないかといえば、必ずしもそうではありません。では、何が違うのでしょうか?
 
 例えば、寒い朝に人と待ち合わせていて、その場所に訪れる際、暖かい缶コーヒーを持っていったりすると「気が利いてるなぁ」「私に気を遣ってくれているなぁ」と喜んでもらえます。これが自然にできる人、積極的に優しさを出せる人は、実は自分がそんなふうに人にしてもらいたい人なんです。だから、他人もきっとそうだと思って、自然に人にそういうふう接しているのです。甘え上手な人はこのタイプです。

 これに比べ、「きっちり自分の事は自分で!」派の人はどうでしょう?「待ち合わせに頼まれもしない缶コーヒーを持っていって、逆に迷惑にならないかな?」とか「のどが渇けば、いっしょに買いに行けばいいし、自分で好きな物選んだ方がその人もその方がいいはず。」と考えるでしょう。でもそれがその人なりの見えない(消極的な)優しさなのです。

 人に積極的に優しくしたいと思ったら、まず自分がどうされたら喜ぶかこんなふうに甘える事ができたらうれしいというような事を考えてみてください。自分がされたらうれしい事をその人にしてあげればいいのです。

 「自分の事は自分で!」とこどもの自立心を養うために、できないときにあえて手助けをしないというケースはよくあります。例えば、朝起きれないのをそのままにして、学校に遅刻をさせて反省をうながすとか。でも、これが行き過ぎるとそのこどもは、困った時には自分自身で解決するのが当たり前なので、人が困ったときにもその人を助けなくていいという間違った解釈をして育つ可能性があります。甘ったれも困りますが、人に関心を持たない冷たい人には、なってほしくありませんよね。

 
 できない時には、助けを求めていい
 手助けをしてもらってでも、できた方がうれしい
 だから、誰かできなくて困っている人がいたら助けてあげよう
 
 甘え方を知っていれば、誰かが甘えたくなった時、自然とその人に優しくできるはず



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身近なこと | 11:26:54 | Trackback(0) | Comments(0)
自分の常識を押し付けない。
 先日、いつもと同じように、銀行に売上げの入金と釣銭の両替に行ってきました。入金は朝8時45分からできるのですが、なぜか両替は始業時間どおり9時からなので、私は9時ごろ行くようにしています。

 しかし、この両替機がクセモノで、9時になっても起動せず、しばしば「調整中」になっているのです。ひと月ほど前にも「調整中」のままで、係りの方が「まもなくですので、5分ほどお待ちください。」というので両替機の前で待っていたら、結局、「もうしわけありません。お客様、窓口で行いますので、こちらへ・・・」ということになり、さらに数分待たされるはめになったことがありました。

 とまあ、ここまでは、機械も故障することもあるし、その後の対応も悪いわけではないので、別に怒ることもないのですが、先日は、その対応が違っていました。両替機が故障なので、窓口に両替を申し込むと、当然のような口調で窓口の行員に「整理券を取って、お待ちください。」と言われてしまいました。

 たしかに、窓口で頼まなければならない業務をしてもらうのに先客がいたら順番を守るのは当然ですし、常識でしょう。しかし、今回は、両替機の故障というイレギュラーの状況で、非は銀行側にあります。それを棚に上げて、自分の仕事の都合を優先し、イレギュラーの対応を一切しないというのは、お客さま本位とは言えない非常識な行為と感じました。

 両替は、入出金や振込みなどと違い、実際にお金は動かず、銀行内の金種が替わるだけです。だから前回の故障時も、比較的早い対応ができたのだと思います。ほんの少しでも、お客様への迷惑を詫び、イレギュラーに対応する気持ちがあれば、今回のような機械的な対応にはならなかったと思います。

 その時、私は急いでいたので、結局、近くの別の銀行へ走って行き(キャッシュカードは持っていました)、そこで両替を済ませました。

 自分では、当然・常識と思ってした行為でも、その時の状況や相手への接し方、相手の感じ方や考え方によって、相手は、自分のことを非常識な人だ感じることがあります。大切なのは、杓子定規に常識に当てはめるのではなく、その時のベストな対応ができるか、その際にほんの少しの手間をかけることができるかだと思います。

 常識のせいにして、自分の都合を押し付けていませんか・・・?



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身近なこと | 17:52:59 | Trackback(0) | Comments(0)
脱いだスリッパを、そろえる。
 昨日、整体院を終日休診にして、所沢で行われたある会派の空手道大会の審判をつとめてきました。終日休診と言っても、じつは夕方6時半に戻ってきて、7時から予約の患者さんの施術をしました。その患者さんは日曜しか休みがなく、平日は連日帰宅が遅く、予約を取るのが難しいので対応しました。こちらにお見えになる直前は、連日、坐骨神経痛の痛みで夜はほとんど熟睡できず、仕事にも支障をきたし始めていたそうです。今は、施術後数日は痛みが取れているのですが、まだ翌週施術に見える時には、前ほどではないが痛みが出ている状態でしたので、2週間間隔を空けるのは私としても避けたかったのです。

 そんなわけで、大会がスムーズに進行し、予定通り午後5時に終了してくれたのは、とても助かりました。会派の大会なので、係員をつとめてくださった保護や関係者の方への事前の打ち合わせが行き届いていたのでしょうか、選手の集合や誘導などもスムーズだったように思います。このような大会は、主役はもちろん選手ですが、大会を無事成功させるには、とても大勢の方の協力が必要です。

 今回、大会の中で私が注目したのが、試合内容や大会進行ではなく、トイレのスリッパでした。いろんな大会に審判として行くのですが、実はトイレに行った際、必ずスリッパをそろえているのです。大勢の選手、保護者、関係者が使用するトイレですから、たいがいスリッパは、ウチの寝相の悪い娘たちのように、あらぬ方向に転がっています。

 しかし、今大会は違いました。トイレに行くとスリッパはそろっていたのです。何回かトイレを利用しましたが、ほぼ、だいたいそろっていました。公共の施設をみんなで気持ちよく利用する為に、ほんの少しだけ気を遣う。この気遣いが相手を敬い、思いやる武道の精神につながります。この会派の道場生達は、大変良い指導を受け、そして実行しているのだなと感心しました。

 整体院では、患者さんに気持ちよく施術を受けていただくために、清潔・清掃につとめます。患者さんの脱いだ靴もそのままにせず、そろえたりシューズラックにしまうのは、整体師の仕事です。普段の生活から身の周りのことに気をつけてみましょう。

 今、このブログを読んでいるアナタ、玄関の靴、脱ぎっぱなしじゃないでしょうね!!!



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身近なこと | 10:44:18 | Trackback(0) | Comments(0)
次のステージに進もう!
 先日も、書きましたが、今週からウチの娘が小学校に通い始めました。"小学生になった"ということは、"一番下の後輩になった"ということです。つい先月までは、保育園で、"一番上のお兄さん・お姉さん"だったのに、小学校では"一番のちびっこ"ということです。

 保育園では、「さすが年長さん!」「もう何でもできるね!」とほめられたり、「高いところでも手が届くようになった!」「背が伸びてきた!」と自分でも成長を実感していたと思います。ところが、小学校に通い始めると、たった1年しか違わない2年生がとても頼もしく見え、高学年のお兄さん・お姉さんのしっかりとした姿を見て、あのようになりたいとあこがれを持つようになります。そして、自分がまだまだちびっこなんだということを自覚し、いろんなことにがんばるようになります。

 そうして、保育園という"小さなおやま"が、今度は小学校という次の"もう少し大きいおやま"にかわって、また子ども達は登り始めます。そして、先月まで、「さすが最上級生!」とほめられていた小学6年生だった子ども達も今月、中学1年生となり、先輩達を見て、「自分はまだまだだな。がんばろう!」と学生服に身を包み登校していきます。

 その場、その場で出来ていたこと、ほめられていたことが実は、まだまだたいしたことではない、たわいのないことだというのは、自分ではなかなか気づかないものです。しかし、次のステージを知ってしまうと今までの自分がとてもちっぽけだったことに気づきます。今までの自分で充分満足するのではなく、もっと飛躍したい、成長したいとがんばれるようになります。 

 私は整体教室では、生徒さんの身体のほぐしが上手だったり、骨格矯正がうまくできていたりすると、できるだけほめるようにしています。それは、その人の自信になるからです。でも、すこしくらいほめられたからと言ってそれで満足してはいけません。目指すのは、ほぐしや矯正ができるようになることではなく、整体師になることのはずです。ほめられたら、喜ぶのでなく「自分は今、こんなことでほめられてしまう段階なんだ。まだまだだな。」と、実は逆に悔しがってほしいのです。 
  
 私も、現状には満足していません。常に上を見て、日々勉強し、成長し続けたいと思います。


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身近なこと | 17:54:52 | Trackback(0) | Comments(0)
入学した時の気持ちを忘れないで…
 昨日は、午後を休診にして、娘の小学校の入学式に一緒に出席しました(整体院に電話をくれた方、ごめんなさいっ)。新一年生の子ども達は、この日を楽しみにしていたと思います。入学式での校長先生や来賓の祝辞などは、さすがに飽きたようすの子も見受けられましたが、教室に入ってからの担任の先生とのやりとりはとても楽しそうで、学校生活への期待に小さな胸をふくらませているといった感じでした。
 
 子ども達のようすは、実に様々。先生の話しを聞くときにいすにもたれかからず、しっかりと姿勢良く聞く子(←残念。うちの子ではありませんっ)、そわそわよそ見して、見学してる自分の親を探す子、机にすぐ突っ伏してしまう子、じっと先生の方を見て聞いている子、先生の誰かを特定しない質問(呼びかけ)に必ず答える子。歌を歌うときでも、元気に歌う子、恥ずかしそうに歌う子、あまり歌が好きそうでない子など、すでに個性が出ています。あかちゃんや幼児のころは、よその子育ての話しを聞くと「そうそう、うちもおんなじ~」って感じだったのに・・・これからの学校生活でやりたいこと見つけて、やってみて、良いところ、個性をいっぱい伸ばして成長していってもらいたいと思います。

 整体師養成校に入学する方は、まあ大半がおとなですから、ただ何も考えず夢だけ見て入学するというより、技術を身につける大変さとか、費用の面とか、養成校を修了した後のことなどプラス面マイナス面いろいろ考えて、それでも整体師になりたいって想いで入学を決断しているはずです。しかし入学後しばらくして、なかなか技術の習得が思うようにいかず、いわゆる壁にぶち当たっている状態が続くと、あきらめたくなったり、とりあえず目の前の課題だけクリアできればいいと「壁」の回避に陥りやすくなります。
 
 そんな時は、なんで自分が整体師を目指しているかを、どんな気持ちで入学したかを思い出してください。技術を習得し、養成校の修了書をもらうことは目的ではありません。整体師になるための一手段にすぎないのです。あきらめてはもちろんダメですが、"とりあえず"で課題を切り抜けても、結局その技術は身についていません。何が出来ていないのか、どうすればできるかを考えて繰り返し練習して自分のものにするしかありません。「壁」は越えるためにあると信じてがんばるしかないのです。特別な運動神経やすばやい反射神経なんかいらない、誰にでも身につけられる技術なのですが、それは「壁」を越える努力ができる人にだけ与えられるのだと思うのです。

 

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身近なこと | 23:27:22 | Trackback(0) | Comments(0)
当たり前のことを当たり前にやる
 MLBレッドソックスの松坂大輔投手が、初先発で見事勝利を収めました。松坂投手おめでとうございます!!!

 しかし、松坂投手のレベルでは自分が投げた試合でチームが勝利するのは当たり前のことです。幸先よく勝てたのは喜ばしいことですが、別に驚くことではありません。松坂投手は、大リーグに挑戦しに来たのではなく、成功するために来たのですから。松坂投手自身も「これからやっていく上で、この1勝で安心するわけではない。ずっと勝っていかなくてはいけないし、きのうはやっぱりうれしかったけど、きょうは余韻などはまったくない」とコメントしています。ふつう誰が考えても、メジャーリーガーになることも、ましてそこで勝利投手になることもけっして当たり前のことなどではなく、とてもすばらしい快挙ですが、松坂投手にとってはただの通過点に過ぎないというところでしょうか。

 ここで、考えなければいけないことは、「当たり前」のレベルがどれ程の高さにあるかです。松坂選手は日本だろうがアメリカだろうが、プロなら勝って、いい成績を残して、ファンを喜ばして当たり前、そのために年俸をもらって球団と契約している、そういう意識です。ふつうの人は「メジャーなんて夢のまた夢、プロ野球選手で一軍のマウンドに立てるだけで幸せ」と考えるのでしょうが、その場合、当たり前のレベルは「プロになるのは難しい」ということになります。また、もう少しハードルを上げて、日本で成功してメジャーのマウンドに立ちたい!という意識レベルにしても、勝ち続けることは不可能でしょう。勝つことでなく勝ち続けていくことを至上命題に挙げている松坂投手、きっとメジャーでも成功するでしょう。

 
 整体師を目指している方におたずねします。

あなたは、整体師になりたいのですか?

それとも

整体師として成功したいのですか?

また、成功したい方は、どういった姿を成功と考えていますか?どこまでのレベルが、あなたにとって当たり前ですか?具体的に考えてみてください。あなたが何を目指すかで、今、やらなければならないことが見えてきます。



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ニュースを見て | 16:18:21 | Trackback(0) | Comments(0)
上田知事の「自衛隊は人殺しの練習・・・」発言に嘆く
 上田知事は2日の就任式で、「自衛官の人は、平和を守るために人殺しの練習をしている。警察官も、県民の生命や財産を守るために、人を痛めつける練習をする。だから我々は『偉い』と言って褒めたたえなければならない」と話した。~朝日新聞より抜粋~

 この上田知事の発言については、すでに多くの方が非難を寄せていて、上田知事も発言内容を訂正していますが、私もどうしても言いたいことがあるので、この場で書かせていただきます。

 まず、わが埼玉県のトップがこのような不見識なことを公務員採用の式辞で公式発言として述べたことにとても驚き、悲しくなりました。そして、自衛官の方たちのことを思うととてもかわいそうになりました。自衛官・自衛隊員は、有事の際や大規模災害などの非常事態にも、冷静に且つ迅速に行動が取れるよう、日頃から厳しい訓練を重ねています。この訓練に耐えられるのは、国土・国民の安全を守っているのは自分達だというプライドでしょう。親や子、親類に自衛官を持つ家族もその自衛官の仕事を誇りに思っていることでしょう。しかし、上田知事はそれをみごとに踏みにじってくれました。きっと、自衛官の仕事をその程度にしか考えていなかったのでしょう。それは一回目の訂正で「人殺し」の部分を「殺傷」に変えるだけという本質をまるで分かっていない対応でも明らかです。

 確かに、有事の際に攻めてきた相手と交戦状態になれば、相手を殺傷する可能性はあります。しかし、それはあくまでも専守防衛の結果であり、殺すことが目的ではありません。それは、武道でも同じです。自衛隊が学ぶ格闘術にも武道が取り入れらています。武道の本質は護身です。わざわざ、何もしない相手に攻撃をしかけることではありません。

 「武道とは、武術を身につけるためのものである。武術とは、斗(闘)争の術であり、即ち人殺しの術である。それ故、心して修練しなければならない。(概要)」これは私が武道を学ぶ原点になった、合気道鉄心会故鍋田師範のお言葉ですが、若い私達が、合気道を遊び半分で(ケンカなどに)使わないよう、また、稽古時に気を抜いて怪我をしないよう戒めるためにおっしゃられた言葉です。おかげで私たちは、真の護身術の意味を理解することができました。

 日本人は、人を倒す術を、ただの人殺しの道具にせず、人格完成・精神修養の道に昇華し、武道という「道」にしました。だからこそ、武道を学んだひとは、何かあったときでも慌てず、冷静に対処できるのです。これに比べ、上田知事の「人殺しの練習」発言は、意味が違います。きっと、上田知事には「武道の心」はないのでしょう。どこかの町道場で、正座から始めて心身を鍛えなおしてもらいたいものです。

 整体の矯正テクニックでも、まだ練習段階では相手の身体を考慮せずに行うとその部位を痛めてしまう恐れがあります。お互いモデルになって練習するときも、常に相手を思いやる姿勢がとても重要です。くれぐれも遊び半分でやらないように。



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ニュースを見て | 16:16:54 | Trackback(0) | Comments(0)
審判講習会ぃ!
 2回つづけて空手道の話です。興味のない方、すみません。本日、午前中を休診して空手道審判講習会に参加しました。審判は、それぞれレベルによりランク分けされ、県Cランク→B→A→地区(関東地区など)→全国→全国Aとなっています。例えば、私の持っている地区審は、県Aランク審判資格と全空連公認参段位を持っていて、受審することができます。また、定期的に行われる講習会に参加して一定のレベルをキープし、更新手続きをしないと地区審及び全国審などは失効になってしまうというきびしいものです。

 講習会では、実際に審判をしているところを見ていただくと、自分の好きなように基本姿勢や基本動作を変えてしまっているところを指摘され、すっかり襟を正されました。やはり基本はすべてにおいて大事ですね。

 また、講師の方が、こんな話をしてくれました。「主審というのは、ただ選手同士の突きや蹴りがどっちが早いかを見てりゃいいという物ではない。それで済むなら機械がやればいい。主審の仕事は、選手、副審、監査、記録、コート外の待機している選手などコート内外すべてに気を配り、選手が安全かつ思いきり力を発揮し、選手も観客も納得する盛り上がる試合を成立させることだ。」と。

 「赤の上段突きが決まった!いや、青の中段突きの方が早い!!!」なんてことは、確かに空手道をやっていない人でもすぐ分かることです。しかし、それは試合を成立させる大事な要素のひとつに過ぎません。例えば、選手がコート内に入場する際に、道着や安全具の装着に不備があったら、コートに入る前に正さなければ、その後、安全に試合を進められるはずがありません。副審や記録の用意ができていないのに、勝手に試合を始めてしまっては、正しいジャッジはできないのです。また、反則をとる基準があいまいでは、選手はどう戦っていいか分かりません。
  
 骨格矯正のテクニックは確かに重要で、それがないと整体とはいえないくらいのものです。しかし、「ずれていた骨が直った」「矯正が上手くいった」だけで、患者さんの主訴は改善されているのでしょうか?矯正は、患者さんも施術者も納得し、満足する施術を行うための要素のひとつに過ぎません。

 空手道の試合で、主審として臨む姿勢と、整体の施術者として患者さんに向かう姿勢はどこか似ているなぁと思いました。   


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身近なこと | 19:45:27 | Trackback(0) | Comments(0)

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