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さかたにけんいち

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 6月5日(木)より新ホームページ始動に伴い、ブログも移転しました。新URLは
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一番に選択すべきだったのは・・・
 お笑い芸人の河本準一氏が、自らは高額な所得を得ながら、母親に生活保護費を受給させていたことが、問題となっていますね。今週に入り、同じく売れっ子お笑いの梶原雄太氏にも同様の問題が発覚しました。いずれも福祉事務所へ相談をして、受給の決定を受けていますから、虚偽報告がなければ、責任の一端は福祉事務所にもあると思います。しかしそれにしても、なんとも情けなく、恥ずかしい話しですね。

 少々キツイ言い方になりますが、私は生活保護を受けるというのは最後の最後の手段でなければならないと考えてます。病気を患い仕事もできなくなって収入がない、夫と離婚して子供も小さくて働けない、など当初は考えてもなかった不測の事態が起こることもあるでしょう。ではその不測の事態に備えての貯金はして来なかったのですか。もしもの時に誰か頼れるだけの人間関係を、築いて来なかったのですか。そういう努力をせずに、安易に社会のセーフティネットにかかろうという姿勢は、私は認めたくありません。

 生活保護はある種、保険みたいなものです。基本、使わないのが当たり前。使わずに他の方法を最大限模索する。それでも誰にでも「もしも」が起こりうる可能性があるから、安心のためにこういう制度があるんです。それを、「もらい得」「利用せにゃ損」みたいな感覚で使われてはこの国の税金はいくらあっても足りません。日本は、勤労・勤勉を尊ぶ国だったはずです。人に迷惑をかけないことを何よりの美徳をする国民性だったはずです。日本は、世界でも類を見ない、性善説で制度が成り立つ国ですが、生活保護の不正受給・安易受給は、その誇りを揺るがしかねない問題だと思います。

 河本氏の話しによると、14・5年前、年収100万の芸人だった頃、母の扶養ができず、生活保護が始まったらしいですが、これは河本氏は選択を誤ったと思います。一番に選択すべきは、母の面倒を見ること。芸人を辞めて、定職につき、まずは安定した収入を得るべきでした。たとえ同じ生活レベルであったとしても、息子が自分のために働いてくれるなら、そのお金にきっと感謝をしたでしょう。

 それを河本氏は、母の面倒よりも、自分の夢を取ったのです。自分の息子に選択をしてもらえなかった親はかわいそうです。しかも、受給は芸人として売れてからも続きます。いくら生活保護費を支給されても、そのお金ではきっと心は満たされず、貧しいままだったでしょう。それは河本氏も同じです。彼は、いくら売れっ子芸人になって金持ちになっても、裕福にはなれません。なぜなら、心が貧しいから。お金には、『質』というものがあります。稼ぎ方や使い方で、その質は豊かにも貧しくも、大きく変わるのです。

 お金に対する価値観、生活保護の本来の目的、みんなでもう一度見直す必要がありそうですね。   

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ニュースを見て | 17:12:09 | Trackback(0) | Comments(0)
金持ちと裕福は違う
  金持ちと裕福は違う
  お金が無いのと貧しいのは違う

 私の子供の頃、親いわく、どうやらウチは貧乏だったらしい。しかし私は、自分の家が貧乏だと思ったことは一度もなかった。きっとそれは、父と母が私たち兄弟を育てるために懸命に働く姿を見せていてくれたからだと思う。そこには『勤労』という安心感があった。私自身もアルバイトをしたが、それをキツイとは思わなかった。むしろ働ける喜びを教えてもらっていた。今はお金は少し足りなくても、働けばなんとかなる。自分自身の努力で、欲しい物は手に入る、という自信を与えてもらっていた。私は幸せだったし、夢があった。満たされていたが、飽心はなかった。両親にはとても感謝している。

 一方で、お金があっても、裕福ではないとはどういうことか。裕福になるため必要なのはお金の額ではない。心の満足度が重要だ。働けるのに、働かない『不労所得』状態では、逆に心が貧しくなる。お金があっても満たされない。あぶく銭は、あぶくに消える。お金を得るにも、使うにも理由が必要なのだ。自分が社会貢献した見返りがその収入ならば、それは自分にとって尊いお金だ。自分の存在意義を表すものだからだ。苦労して得たお金には価値がある。これは、苦労した本人にしか分からない。

 そうやって自分の存在価値を投影したお金を自分の好きなことに存分に使えた時、贅沢したなと感じることができるのだ。お金を得る時にも、使う時にも心が満足しているのだ。額の大小は実はあまり関係ない。そういう経験をしてきたかどうかで幸せの尺度が決まる。

 財産と呼べる物とは、土地や資産、現金などではない。自分が身につけた物だけ(人間関係含む)だ。自分が身につけた技術で仕事をし、得た収入だから価値がある。誰かのお金を掠め取って生きる人生には幸せはない。自分の足で立って歩いて稼いで、生活できて初めて活きてるって実感できる。活きてる実感がなければ、幸せも実感できっこない。

 お金は大切で、無ければ生きてくことは困難だが、どんな手段でも手に入ればいいというのは間違っている。


*今回は、いつもの丁寧語調ではなく、口語調で書きました。「生意気だ」「上から目線だ」というご批判がきそうですが、ですます調で書くと私の気持ちと一致しない気がしましたので、こういう文体になりました。最後までお読みくださった方、ありがとうございます。


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ニュースを見て | 23:57:24 | Trackback(0) | Comments(0)
人を批評するなら、自分にも厳しくしよう
 今朝、いつものようにラジオを聴いていると、コメンティターのあるジャーナリストさんが、輿石(こしいし)幹事長のことを、「おきいし」幹事長と言っていました。きっと『輿』(みこしのこし)という漢字を『興』(きょうみのきょう、おこす)という漢字と間違えて、興石だと思っていたんですね。途中、司会者がさりげなく「こしいし幹事長は・・・」と言って、間違えてることを促したら、その後は「こしいし」と直ってました。

 まあ、勘違いは誰にでもあるもので、いちいち挙げ足を取っていたらキリがないのですが、公共の電波でいろいろもっともらしく批評する立場の人が、批評する相手の名前をきちんと覚えていないっていうのは、カッコ悪いですね。民主党の幹事長の名前も覚えていない人が何言ってんだ?ってツッコまれても反論できませんから。

 しかし、もしそこで、ひと言「すみません。輿石さんの名前を間違えて言ってしましました。気をつけます。」と自ら謝ったらどうだったでしょう。私なら、「なかなか謝れるもんじゃないな。勇気あるなあ。」と感心します。自分に厳しくある人が批評するならもっともだ、と賛同したり、共感も持ちやすいです。それをそのままスルーしてごまかしてしまったら、そのあとの批評がいくら的を射ていても、「お前が言うな」と言われてしまうでしょう。いつもいい切り口で、コメントなさる方だけに今日は残念でした。

 学生の時、先輩が、「人には優しく、自分には厳しく」をもじって、「人には厳しく、自分にはもっと厳しく」と言っていたのを思い出しました。半分冗談で言ってましたが、実は、「人に厳しく接するなら、まず自らを厳しく律しなければならない」という、深い意味の言葉だったんですね。でも言ってたの、よく考えたら学生なんですよ。もうすぐ45才になるのに、ハタチの学生に教えられちゃいました。

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ニュースを見て | 18:39:28 | Trackback(0) | Comments(0)
日食は誰とご覧になりましたか?
金環日食:見えた天空の輪 九州から東北で観測 (毎日新聞05月21日)

 太陽が月に隠されてリングのように輝いて見える「金環日食」が、21日午前7時半ごろ、九州南部から東北南部までの太平洋側の広い範囲で起きた。東京(島しょ部除く)では173年ぶり、大阪では282年ぶり、名古屋では932年ぶり、日本全体では87年に沖縄で観測されて以来25年ぶりとなった。

 東京では午前7時32分から約5分間、雲の切れ間から細いリング状になった太陽が姿を見せた。金環日食にならなかった地域でも、太陽が大きく欠ける部分日食になり、日本の多くの人が「世紀の天体ショー」に注目する朝となった。

 ◇東京173年ぶり
 金環日食が観測可能な地域には約8300万人が住む。天文の研究者や愛好家で作る「金環日食限界線共同観測プロジェクト」のホームページには、四国から東北南部にかけての広い地域の市民から「金環日食が見えた」との情報が寄せられた。気象庁によると、九州地方と関東地方の太平洋側の一部は天候が悪く、見えた地域は限定的だった。

 各地の天文台や科学館などが市民向けに観察会を企画し、多くの小中学校は、子供らが交通事故の心配をせずに観察できるよう、登校時間をずらした。
~:~:~

 世紀の天文ショー、金環日食。いかがでした?各地域で見られたところと、残念なところとあったようですが、ここ越谷では、ここ一番で雲が切れ、きれいなリングを観ることができました。自分の住んでいるところで、こんな素晴らしいものが見られるなんてハッピー&ラッキーですね!

 朝6時半ごろは、雲が少なかったのですが、だんだんと雲が増えてきて、7時ごろには、あきらめるかってくらいに太陽が隠れてしまっていました。しかし、粘り強く待っていたら、だんだんと雲が薄くなってきて、ちょうど金環食となる7時半過ぎあたりで、はっきりと観ることができました。全国の晴れ男さん、晴れ女さんに感謝感謝ですね。

 ところで、皆さんはこの金環日食、誰とご覧になりましたか?私は、子供らと見ることができました。東京の小学校では、早めに登校して、生徒みんなで観たようですが、越谷では逆に登校時間を遅らせ、家で観てから登校するよう、集団登校の集合時間もいつもより35分遅れでした。そのおかげで、私にとっては子供らと貴重な時間を共有できて、うれしかったです。

 TV中継でも、小学校の屋上での観察会や、広場や公園に集まって、天文台に集まって、また通勤途中に足を止めてなど、さまざまな観察の様子を映していました。やはりこういうイベントは、ひとりでじっくり観るのもいいとは思いますが、みんなで観て盛り上がったり、大切な人と一緒に観て、その感動を共有したりするのが、一番ですよね。

 それにしても、太陽と月って、地球からの見た目の大きさが一緒なんて、なんて素敵な偶然なんでしょう?理屈としては、地球から月までが約38.4万km、太陽までは約1億5,000万km(1天文単位)で、約400倍。で、今度は月の直径が約3,470km、太陽の直径は約139,200kmで、やはり約400倍。ということで、つり合いが取れるということなんですが、こんな偶然、神様のしわざにしか思えませんね。

 金環日食を目の当たりにして意外だったのは、リングの時間が短かった(3分?)ことと、そんなに暗くならなかったことですね。今の5時過ぎの明るさでしょうか。「夕方にしてはけっこう明るいね~」くらいの感じでしたね。黒雲が立ち込めた昼下がりの方がよほど暗かったです。

 事故だの事件だの嫌なニュースが多いなか、たまにはこんな明るいニュースが日本中を賑わすのも悪くないなと思いました。できればもう一度、今度は皆既日食が観たいですね!

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身近なこと | 17:48:08 | Trackback(0) | Comments(0)
『先生病』に気をつけよう
 『先生』と言えば、やはり夏目漱石の名作「こころ」ですね。高校の国語の授業でやりました。それはさておき、これは自分自身への戒めでもあるのですが、どうやらこの世には『先生病』なるものがあって、それは知らず知らず心の内に忍びよってくるらしい。特効薬などは、もちろんありません。というより、本人にまず自覚がないので、そもそも治そうという気も起きないのです。これはちょっとやっかいです。では、ここで私の言う『先生病』とはなんなのか、持論を述べたいと思います。

 「環境が人を作る」と言いますが、医者や教師など、人から「先生」と呼ばれる職業に就くと、学生だった人もだんだんいわゆる『先生』になっていきます。これは本人の努力が姿かたちとなって顕れた結果ですから、これ自体はたいへん良いわけです。しかしその反面、仕事柄、少しのミスや間違いも許されにくい職業ゆえ、そのうち「自分は間違えてはいけない」⇒「間違えた対応は取らないよう気をつけている」⇒「自分は間違えない」・「いつも正しい」に変わってきてしまいやすいのです。

 この「自分は『先生』であるがゆえに、人からの指摘は受けない」という思考回路に陥った状態を、私は『先生病』と呼ぶことにします。
 
 そうなると、もしミスや間違いを人から指摘されても、もうそれを素直には聞けなくなってしまうのです。相手の忠告に反論し、自分の正当性を主張します。たしかに物事には、常に二面性があります。忠告のすべてが正しいとも言えないでしょう。反論にも一定の理がきっとあるでしょう。だからと言って、相手の理に耳を傾けないというのでは、結果的に自分が損をしてしまいます。

 また、私はこの世で、原則、先生と呼ぶべき存在は、1.『医師』、2.『教師』、3.『自分が師を仰ぐ人』、の3つだと思っています。しかしこの世には先生が多すぎる気がします。議員然り、評論家然り、はたまた占いや、芸術家まで、とにかく「先生、先生」と言い過ぎです。先生は、せめて人に、なにか物を教えている人でしょう?そういう意味では、整体師は、患者さんにアドバイスはしますが、教えているわけではないので、先生ではないですね。このブログを読んでくださった方、今度から「坂谷さん」とか、もっとくだけて「坂ちゃん」とか呼んでくださいねっ!

 整体の仕事でも、空手関係でも、私はよく、「坂谷先生っ」と呼ばれます。ですから、この『先生病』に自分が陥らないか正直不安なのです。「初心に帰れ」「日々勉強」とは言いますが、分かっていてもすぐに慢心してしまいます。その慢心が態度に出て、親身な忠告が耳に入らず、知らない内に相手を不機嫌にさせてしまうこともあります。

 「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」 いつも驕らず、謙虚な気持ちで生きたいと思います。・・・そう言えば、私の名前『謙』一ですね。

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身近なこと | 23:17:26 | Trackback(0) | Comments(0)
このオオカミ少年の言うことは、ホントかウソか
関電管内15%節電目標…政府案、融通前提に(2012年5月15日 読売新聞


 深刻な供給不足が見込まれる関西電力には、北陸、中部、中国の3電力会社が5%ずつ、四国電力は5%超を、それぞれ節電して関電に融通し、2010年比の節電目標を15%にする。昨年夏の東京電力の節電目標と同じ厳しい水準だ。エネルギー・環境会議(議長=古川国家戦略相)と電力需給に関する検討会合の合同会議で示された。政府はこの融通策を軸に今週中にも対策を最終決定する。

 融通が得られない場合の節電幅は20%に跳ね上がる。政府は、自主的な節電が進まなかった場合に備え、関西、九州、北海道、四国の4電力に計画停電の準備を求める。

 関電管内では、地元の意向も踏まえた上で、大口需要家に強制的に節電を求める電力使用制限令も検討する。九州電力は12%、北海道電力は7%、それぞれの管内に節電を求める。余力のある東京電力と東北電力には数値目標は示さない自主的な節電要請にとどめる。九州電力は西日本からの融通増が見込める場合、節電幅は10%に引き下げる。
~:~:~

 政府の答弁、各電力会社の需給試算、それに対する国民の反応、原発再稼動の是非を含めた今年の電力に関するニュースを見ているとイソップ童話の『オオカミと少年』を思い出します。政府や電力会社が、「電力足らないんだよ~」「このままだと計画停電だよ~」と言っても、国民は「そんなウソにだまされるもんか。原発を再稼動させるためのおどし文句に決まってる。」と取り合いません。でも、『オオカミと少年』のラストは、本当にオオカミが来て、少年の羊たちはみんな(お話しによっては、少年や村の人たちまで)、食べられてしまいます。この夏のラストもこんなことにならないと言い切れるのでしょうか。

 昨年は皆知恵を絞って、節電に心がけました。今年はさらにそれ以上のものが求められているのです。大企業の会社や工場など、大口需要家に対する電力使用制限令もおそらく実施されるでしょう。これも、生産に支障をきたし、景気にも悪影響がありますから、自分らに関係ないとは言えません。一部商品が買いにくくなったり、実際仕事に影響が出る人も身近に出るでしょう。それでも、これで踏みとどまれればまだいいです。けっしてやってはいけないのは、計画停電です。

 去年の3月にいきなり計画停電を実施されて、本当につらい目に遭いました。1日のうちに2時間~3時間の停電とは言え、あそこまで不便になるのかと、電気が気兼ねなく使える幸せを痛感しました。一番つらいのは、生活のリズムが狂ってしまうことです。1日が自分のペースで動けないのです。人や物が、自由に動けない・流れないという事態は、予想以上に不安や停滞感を与えます。そこに今回は夏場という最悪の季節が重なるのです。

 自分たちが経験した時期は、寒いと言っても底冷えするような寒さでもなく、昼間も冷蔵庫の扉を開けずにいれば、氷の溶ける心配のない時期でした。スーパーの冷凍食品やアイスも溶けることなく、そのまま販売できました。しかし、今回は違います。自家発電ができないなら、そのスーパーは、アイスや冷凍食品を計画停電期間中は売ることはできません。もちろん、私たちも家の冷蔵庫にストックすることはできません。

 この恐れのあるなか、いくら政府や電力会社に不信を抱いていても、「どうせ大丈夫なんだろ?計画停電やれるものならやってみろよ!」と言っていいのでしょうか?もし、本当に計画停電を実施して、国中がパニックになったら、政府の責任や電力会社役員らの責任は、当然ながら追求されるでしょう。しかし、その前に電気を止められて損害を被るのは私たちなのです。

 もちろん、オオカミ少年(政府・電力会社)の言うことはウソで、原発を全停止したままでも、日本の電力供給はまかなえるというのが理想です。でももし、ホントで、電力がまったく足りなくて、電気を止められてしまう事態になったらどうなるか、やはりそこまで考えておくべきだと思うのです。 

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ニュースを見て | 10:00:34 | Trackback(0) | Comments(0)
『不怒の心』で行こう!
 みなさん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?今日から仕事モード!という方も多いと思います。この先7月の海の日まで祝祭日がないと思うと、少し気が滅入るかもしれませんが、気合入れ直してがんばっていきましょう!・・・でも、はりきり過ぎには注意してくださいね。

 私も整体院を4日・5日とお休みして、茨城で家族との楽しい時間を過ごしてきたのですが、ある事で、娘たちを声を荒げて叱ってしまいました。当然その場の空気はドン引き、しかしいつまでもそのままというわけでもなく、しばらくして雰囲気は元に戻りましたが、内心「あぁ、やっちゃった~」と反省していました。

 こちらも怒る理由があり、娘たちも叱られる理由が分かっており、別に八つ当たりとかで怒っているわけではないので、まあ仕方ないと言えば仕方ないのですが、怒らずに済ませられなかったのかと言われれば、済ませることはできたのでしょう。少なくとも冷静になって、今ここで声を荒げるべきかどうかの判断をすべきでした。

 思えば、娘たちを連れてどこかに出掛けると、決まってどこかのタイミングで1回は怒っている気がします。その中には放置しておくと危険だったり、周りに迷惑をかけたりする場合で、叱ったケースもありました。その一方で「そんなことで怒んなくても・・・」みたいなのも、あったと思います。

 私自身、子供のころ、遊びに連れてってもらって、羽目を外しすぎて、結局最後叱られて終わる、なんてことありました。自分が悪いのですが、結果私の思い出は、「○○に出掛けた」ではなく、「どこかの帰りに、親に怒られた」になってしまいました。今またそれを、私がしようしているのです。せっかく遊びに連れて行って、子供に、そんな思い出の残され方されるのイヤですよね。

 親が子を叱るのは当たり前です。叱られずに育った子供はかわいそうです。叱るのも、親の愛情表現だからです。しかし、もしそれが『感情からの怒(いか)り』でなく『理性からの叱り』であっても、やはり時と場合を選ぶべきでしょう。そして叱るだけなら、きっと数ももっと減るはずです。何かに怒る理由を挙げればいくらでも挙がるでしょう。ということは、理由の大半は怒らずに済ませられることなのです。

 これを機に、これからは『不怒の心』で行こうと思います。少なくとも、イベントごとの時は、そのイベント自体が記憶に残るよう、多少のことがあっても一旦冷静になって、推移を見守りたいと思います。自分の性格上難しいのは分かっていますが、肝に銘じていきます。  

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身近なこと | 17:35:16 | Trackback(0) | Comments(0)
一番の責任は、身の安全を守ること
「疲れて何度かブレーキ」 関越道事故、過労運転自覚か(2011年5月2日asahi.comより)

 群馬県藤岡市の関越自動車道で起きた高速ツアーバス事故で、運転手の河野化山容疑者(43)=自動車運転過失致死傷の疑いで逮捕=が県警の調べに「疲れていて、運転中に何度かブレーキを踏んだ」と供述していることが、捜査関係者への取材で分かった。県警は、河野容疑者が過労で危険を感じながら運転を続けていた疑いがあるとみている。運行会社幹部についても道路交通法違反(過労運転の下命・容認)容疑にあたらないか調べる方針だ。

 県警によると、河野容疑者は逮捕後の調べで「疲れて居眠りをしていた」と供述。事故前日については、4月28日朝に金沢市に到着後、同市内のホテルで休憩したものの「寝たり起きたりを繰り返していた。夕方にチェックアウトした後は食事などをしていた」と説明。寝不足の状態で乗務したことを認めているという。

 バスは28日午後10時10分ごろに金沢市を出発。河野容疑者は事故を起こすまでの約6時間半、1人で乗務していた。富山県高岡市で高速道路に入った後、15分ぐらいずつ3回の休憩をとったとしているが、休憩場所や走行ルートについては「覚えていない」と話しているという。
~:~:~

 楽しいはずのゴールデンウィークを悲劇に変えた、高速ツアーバス事故。その衝撃は計り知れなく、マスコミも連日のように報道しています。事故の直接の原因は、運転手の証言どおり『居眠り運転』。わき見ではなく、居眠りですので、当然、バス会社には家宅捜索が入りました。バス会社の管理責任は厳しく問われますが、やはり私は、この運転手の落ち度を追及せずにはいられません。

 バスや長距離トラックなどの運転手の労働環境は厳しく、長引く不況や、規制緩和による競争激化で、その負担が人件費の抑制という形で、運転手に重くのしかかっています。ですから、事故を起こした運転手もある意味被害者であるという論調は、多少理解できます。過酷な労働を強いられた結果だと。事故を防ぐ努力は、国も業界も懸命に取り組まなくてはなりませんが、しかしそれでも、事故を起こした運転手の責任は厳しく問われるべきです。そこに同情の余地を挟んではならないと思います。

 『過労運転等』の交通違反は、『酒気帯び運転(0.25以上)』や『共同危険行為等禁止違反』に並ぶ、25点の厳しい罰則が科せられる重大な違反行為です。免許取り消しで、欠格期間も2年以上です。もちろん居眠り運転もこの過労運転等に該当するのですが、この運転手は、居眠りをしてしまうにすでに過労運転状態になっていて、かつその認識が本人にあったのではないかと思うのです。

 もちろん眠気を我慢して、時間どおり乗客を目的地まで届けるのは、運転手の責任でしょう。しかしその眠気で事故を起こしてしまっては何にもなりません。一番の責任は、乗客の身の安全を守ることでしょう?サービスエリアでの休憩時にハンドルに突っ伏して寝るくらい眠いのだったら、安全運転なんて無理でしょう。それだったら、あとでどんなに怒られようと、「すみません。突然気分が悪くなってしまい、1時間ほど休ませてもらえないでしょうか。」と休んでしまえばよかったのです。

 乗客からすれば、「ふざけるな!契約不履行で訴えるぞ。」っていう話しですが、事故を起こされるよりマシでしょう。乗客や、会社から怒られるのがイヤで相当な眠気を引きずったままハンドルを握り、結果、大事故を起こしてしまったことに言い逃れはできません。走行中でも本当にヤバイと感じたら、緊急避難的に路肩に停車する方法もあったはずです。でも、運転手はそれもしませんでした。

 ヒューマンエラーはどこにでもある物です。日勤夜勤が続き、過労から看護士さんが、点滴を取り違え、患者さんを重篤な状態にしてしまったニュースも過去にありましたね。これもある意味看護士さんもかわいそうです。しかし、正常な勤務ができないほど疲労困ぱいしていて、それでも働こうとする行為を「しかたないね」で済ましてしまっては、このような事故を防ぐことはできないでしょう。職務を遂行することよりも、その遂行が困難な場合は、それを中断することも選択肢として入れるべきではないでしょうか。 

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